THE ORIGIN和知太鼓の成り立ち
和知太鼓の起源
和知太鼓の起源は、お伽草子「酒呑童子」といわれています。
今から約千年前、摂津守・源頼光が帝の命をうけ、当時の反逆の徒(大江山の鬼)を討つため、多くの部下を従えて京の都を出発。園部、須知を経て、和知庄の草尾峠にさしかかったところ、激しい雷雨に見舞われ、雨やどりしたのが京丹波町(旧和知町)字広野の藤森神社でした。
雨もあがり、いざ出陣。この時に村人たちが頼光の武運長久を祈願するとともに、兵士の士気を鼓舞するため、打ち鳴らした太鼓が「和知太鼓」の発祥といわれています。
和知太鼓発祥の地 藤森神社
藤森神社には、和知太鼓発祥の地であることを示す石碑があります。
また、世界を舞台に活躍する和太鼓集団『鼓童』の奏者・藤本吉利氏が和知の出身であることから、 神社には太鼓のバチが奉納されています。
FEATURES & TRADITIONS和知太鼓の特徴と受け継がれる技法
和知太鼓の特徴
和知太鼓には、太鼓一張に一人が地打ち、もう一人が大打ちという基本形があり、永い歴史の中で培われてきたその技法は、乱世を生きぬいていた昔の人々の喜怒哀楽を感じさせるものがあります。
時代の流れとともに打ち手も変わり、様々な形で表現されてきた和知太鼓。
今日では篠笛、締太鼓、鉦などを取り入れ、基本技法の中に打ち手の乱れ打ちを生かした勇壮なものとなっており、和知を代表する伝統芸能として伝承されています。
京丹波・和知地区と太鼓文化
京丹波町は、京都府の中央に位置し、丹波高原の自然豊かな町です。
平成17年に、丹波町、瑞穂町、和知町が合併し、京丹波町となりました。
旧和知町である和知地区には、和知人形浄瑠璃、和知文七踊り、小畑漫才、和知太鼓の芸能が受け継がれており、和知太鼓もそのひとつです。
旧和知町時代には、国道の町名標識に和知太鼓がモチーフにされていたこともありました。今でも、橋の欄干やトンネルの標識など、和知地区にはいたるところに「和知太鼓」が見られます。
和知地区を訪れた際には、ぜひ、探してみてください。
土地に根付いた郷土芸能として、和知の人々に愛されてきた和知太鼓。
保存会では、これからも地元の皆さんのふるさとの太鼓の音を、大切に伝えて行きたいと考えています。